2013年10月06日

グットデザイン賞と武雄市図書館のこと

2013年10月2日の佐賀新聞に、武雄市図書館がグットデザイン賞特別賞候補100に選ばれたと報道され驚いた。その選定理由に、本の面白さを伝えるという原点に立ち返り、探しやすさ、読む楽しさ、利用し易さを官民共同で追及している、と書かれている。これにも驚いたが自己申告のデザイン賞であり、応募者のコメントをそのまま載せたのだろうが、もう少し現場を検証する必要があるのではないか。

グットデザイン賞と言えば直ぐに思いだすのが、故森正洋さんのデザインで波佐見の白山製陶が58年に製作した「G型醤油さし」である。61年の第一回グットデザイン賞に選ばれ、50年以上も使われ続けている正真正銘の“グットデザイン”である。

この作品は容器と蓋だけのシンプルな構造だが、その全体の姿の美しさと共に、蓋のつまみを指で押さえれば量も微調整できるという優れモノである。デザインと機能二つが揃っての受賞であり、50年以上も家庭の食卓で愛され続けている理由だろう。

グットデザイン賞の目で、武雄図書館を見てみよう。改修前の図書館は文句なしのグットデザイン特別賞モノである。すでに、佐賀県快適建築賞特別賞を受け、そのデザイン性は評価済みである。それでは、現在の作品がそれに値するかについて私は否であると思う。

具体的に少し見てみたい。外部デザインについては大きく変わっていないが、蘭学館のオランダタイル張の外壁に“武雄市図書館”という電飾看板は商業主義的過ぎると思う。

内部については、前はコンクリート打放しの柱壁に、上部柱と屋根組は木造という二つのコントラストでシンプルな美しさがあった。特に、上部壁のコンクリート打放し面は、南側の連続したスリット窓からの光を反射し、自然光で図書館内全体を明るくする機能的・省エネ的に考えられたものであろう。(写真左)今回はその壁面に≒4bの高い書架がつくられたことにより、館内の大部分を人口照明に頼らざるを得ない状況になっている。

前は高さ≒1,5bの書架が1階だけに配置され、車椅子ベビーカーで容易に廻ることが出来たが、今は高い書架が配置され迷路のような閲覧動線に変えられており、これが“探しやすさ・利用し易さ”の評価になるとはとても思えない。(写真右)

グットデザイン賞も50年以上の時間が経ち、その評価の視点が変わったのだろうか?
“G型醤油さし”に代表されるような“機能美”こそ、評価してほしいと思っているが、そのことが私たち市民にも“デザイン感覚”が培われていくことにつながるのではないか。

有名デザイナーのデザイン押し売りはご免蒙りたいし、デザイン賞が販促活動に利用されているように見えるのも違和感を覚える。50年が過ぎ、原点から日本のグットデザインを市民のために考えてほしい。

井上一夫

(参考に写真を添付。G型醤油さしは白山陶器のカタログから。図書館写真は「武雄市図書館・歴史資料館を学習する市民の会」の資料。)

10月6日参考資料.pdf
G型しょうゆさし.pdf
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2013年09月17日

小さな郵便飛行機

『絵本“小さな郵便飛行機”と図書館力・本の力』            

私ごとで恐縮だが、もう40年も前になるだろう。私はその当時福岡市に単身赴任していた。長女が保育園の年少児クラスのヨチヨチ歩きの時代で、当時旧建設省の営繕部建築課は、九州管内の国の出先庁舎や種子島の宇宙開発センター、安保対応の新設警察機動隊・隊舎などの設計に追われ、月に一回程度家庭に帰ることが常態化していた。その状態の中で、娘は私の顔を見るなり泣きだす始末で、膝に乗るようになるまでに妻や義母の介添えが必要であった。

離れでうたた寝をしていると、娘が一冊の絵本を抱えて上がってきた。絵本を差し出し読んで欲しいのしぐさで膝に乗ってくる。2〜3回繰り返し読み聞かせの後に母屋に帰って行ったが、30分も経たないうちにまた同じ絵本を抱えて上がってきた。
その絵本がディズニーの“小さな郵便飛行機”で、その絵柄やペドロという名前もうっすらと思いだす。その時、なぜ娘はこの絵本を繰り返し読むことを求めるのか?毎日顔を合わせることが出来る父親を求めているのだろうか?などと考え、少し感傷的になったことを覚えている。

それから5年ぐらいの時が過ぎ、武雄市文化施設群構想のPJを知ることになり、娘が小学校入学直前に国家公務員を辞し、転勤のない武雄市役所職員になることを決めた。
今年のお盆に娘二人夫婦と孫たちと食事に出かけ、旧建設省を辞めることを決めた絵本の事を話した。妻も娘たちもへ〜っという感じで聞いていたが、この絵本の事は娘二人もよく覚えてくれていた。

昨年10月31日、改修のため閉館直前の図書館を保育園の子どもたちと訪ねた。多分2度と訪れることにはならないと予想しながらの訪問である。少し目を赤くした児童司書さんが、すぐに子どもたちの傍に来て“おはなしのへや”の準備をしてくれた。(写真1)
ふと目を移すとすぐ横の児童コーナーに、ベビーカーを止めた一組の親子が本を探していた。(写真2)

許しも無く写真を撮らせていただいたが、私には図書館児童コーナーを象徴するかけがえのない構図の1枚になった。おかあさんが本を読んでいる、ベビーカ―の赤ちゃんはその母親の姿をジッと見ている、本の“刷りこみ”が始まっているのである。おねえちゃんは、絵本の表紙を触りながら移動している。未だ読む年令に達していないようだが、来年には直ぐ後ろのテーブルに絵本を運び読み始めるだろう。

このような静かな時間と空間が図書館に在る・親子に必要であることを、行政のトップや教育委員会の人たちは理解しているのだろうか?一冊の絵本がきっかけで、男の仕事が変わり家族の安寧を招く方向を示唆してくれる、そのような人生の転換を示してくれるのも図書館力・本の力なのである。

私は微力だが、武雄市図書館・歴史資料館の復権に人生最後の時間を使うことを決めている。単なる正義感でこの仕事を決めたわけではない。ただ、コーヒーが飲めれば楽しい、市外から沢山の人が訪れれば「図書館のニューモデル」だ!と喧伝する、その表層的な情報でしか図書館観を造型できない政治・行政やメディアを変えなければ、子どもの育ち・次代が危ういと思っているだけである。

2013年9月
武雄市図書館・歴史資料館を学習する市民の会 代表世話人 井上一夫

左写真=旧武雄市図書館最後の日.pdf
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