2013年09月17日

小さな郵便飛行機

『絵本“小さな郵便飛行機”と図書館力・本の力』            

私ごとで恐縮だが、もう40年も前になるだろう。私はその当時福岡市に単身赴任していた。長女が保育園の年少児クラスのヨチヨチ歩きの時代で、当時旧建設省の営繕部建築課は、九州管内の国の出先庁舎や種子島の宇宙開発センター、安保対応の新設警察機動隊・隊舎などの設計に追われ、月に一回程度家庭に帰ることが常態化していた。その状態の中で、娘は私の顔を見るなり泣きだす始末で、膝に乗るようになるまでに妻や義母の介添えが必要であった。

離れでうたた寝をしていると、娘が一冊の絵本を抱えて上がってきた。絵本を差し出し読んで欲しいのしぐさで膝に乗ってくる。2〜3回繰り返し読み聞かせの後に母屋に帰って行ったが、30分も経たないうちにまた同じ絵本を抱えて上がってきた。
その絵本がディズニーの“小さな郵便飛行機”で、その絵柄やペドロという名前もうっすらと思いだす。その時、なぜ娘はこの絵本を繰り返し読むことを求めるのか?毎日顔を合わせることが出来る父親を求めているのだろうか?などと考え、少し感傷的になったことを覚えている。

それから5年ぐらいの時が過ぎ、武雄市文化施設群構想のPJを知ることになり、娘が小学校入学直前に国家公務員を辞し、転勤のない武雄市役所職員になることを決めた。
今年のお盆に娘二人夫婦と孫たちと食事に出かけ、旧建設省を辞めることを決めた絵本の事を話した。妻も娘たちもへ〜っという感じで聞いていたが、この絵本の事は娘二人もよく覚えてくれていた。

昨年10月31日、改修のため閉館直前の図書館を保育園の子どもたちと訪ねた。多分2度と訪れることにはならないと予想しながらの訪問である。少し目を赤くした児童司書さんが、すぐに子どもたちの傍に来て“おはなしのへや”の準備をしてくれた。(写真1)
ふと目を移すとすぐ横の児童コーナーに、ベビーカーを止めた一組の親子が本を探していた。(写真2)

許しも無く写真を撮らせていただいたが、私には図書館児童コーナーを象徴するかけがえのない構図の1枚になった。おかあさんが本を読んでいる、ベビーカ―の赤ちゃんはその母親の姿をジッと見ている、本の“刷りこみ”が始まっているのである。おねえちゃんは、絵本の表紙を触りながら移動している。未だ読む年令に達していないようだが、来年には直ぐ後ろのテーブルに絵本を運び読み始めるだろう。

このような静かな時間と空間が図書館に在る・親子に必要であることを、行政のトップや教育委員会の人たちは理解しているのだろうか?一冊の絵本がきっかけで、男の仕事が変わり家族の安寧を招く方向を示唆してくれる、そのような人生の転換を示してくれるのも図書館力・本の力なのである。

私は微力だが、武雄市図書館・歴史資料館の復権に人生最後の時間を使うことを決めている。単なる正義感でこの仕事を決めたわけではない。ただ、コーヒーが飲めれば楽しい、市外から沢山の人が訪れれば「図書館のニューモデル」だ!と喧伝する、その表層的な情報でしか図書館観を造型できない政治・行政やメディアを変えなければ、子どもの育ち・次代が危ういと思っているだけである。

2013年9月
武雄市図書館・歴史資料館を学習する市民の会 代表世話人 井上一夫

左写真=旧武雄市図書館最後の日.pdf
posted by 市民の会 at 21:47 | Comment(0) | その他
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